70周年チャンピオンシリーズ
70周年チャンピオンシリーズ

SPECIAL COLUMNスペシャルコラム

2020.10.1 1974年『栄冠』 24年ぶりの日本一、実を結んだ猛練習

ロッテの各選手は、金田監督のもとで12球団一の猛練習に耐え、着実に地力を養い、みごとに花を咲かせた。

この年の日本シリーズの対戦相手は、与那嶺要監督率いる中日ドラゴンズだった。

ロッテが、3勝2敗でシリーズ優勝に大手をかけた中日球場での第6戦。先発は、このシリーズでリリーフにまわって2度成功している村田兆治。一方の中日は、シーズン最多勝の左腕・松本幸行を起用して臨んだ。

試合は小刻みな点の取り合いとなる。2回にロッテは弘田澄男のタイムリーで先制すると、3回には中日が木俣達彦の犠飛で同点にする。5回にロッテが千田啓介の本塁打でリードすると、6回に中日が大島康徳の中堅越え本塁打で再び同点に追いつく。2対2で迎えた延長10回、1死三塁の好機で打者は5番の弘田。投手4回途中からリリーフした星野仙一。カウント1-1から不用意に投げた高めのストレートを好調の弘田が左中間に決勝の二塁打を打って勝ち越す。

その裏の中日の攻撃、2死走者なしで打者は井上弘昭

「このボールが僕のすべて。そう思って真っすぐを真ん中に投げた」

カウント2-1から村田が投げた真ん中の剛速球に、井上のバットはピクリともしなかった。1974年10月23日午後3時39分、秋の日が西の空に沈みかけた中日球場で、ロッテが24年ぶり、2度目の日本一の栄冠を手にしたのだった。

村田がシリーズで奪った三振は、15回と3分の1を投げて、17個。シリーズ新記録となる5者連続三振を達成するなど、プレイオフに続いて最優秀投手に選ばれる。

また、このシリーズは弘田の思い切りの良い打撃が目立った。第1戦で本塁打、第2戦では同点打とダメ押し打、第4戦では勝ち越し本塁打を打って大活躍。身長163センチ、12球団一の小柄な身体で、25打数10安打7打点で最優秀選手賞に選ばれた。第3戦までは、俊足を活かして1番打者として出ていたのだが、金田監督は弘田がチャンスに強いと分かると、第4戦からは5番に抜擢する。

「好調な選手は誰でも使う」と公言して実力主義に徹した金田監督は、弘田だけではなく、土肥健二、岩崎忠義、前田益穂らの控え選手にも機をみてはチャンスを与えた。このシリーズでの代打成績をみると、ロッテは14打数4安打で、1本塁打、4四死球。一方の中日は延べ15人の代打者が出て0安打だった。

本拠地を持たないロッテナインは、遠征に続く遠征で、移動した総距離は約1万6000キロ。地球を半周まわった勘定になる。

ナインにとっては家族に目を向ける余裕のない1年だったが、「日本一」が家族への最高のプレゼントになった。

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